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2010年11月施行/創立九十周年記念誌より

白堊会会長挨拶 白堊会会長 矢澤 竹雄(昭和24年 機械科卒業)


 創立90周年を迎え、大変喜ばしく思います。私は創立30周年から出席して参りまして、まさか90周年に出席で出来るとは夢にも思いませんでした。
 私が入学した時の校舎は鉄筋三階建て、屋上もあり、廊下、壁、階段等大理石で出来ていました。 しかもトイレは水洗、各教室はスチーム暖房が備えてある大変豪華な校舎でした。入学後講堂でトイレの使用方法、校内清掃方法、糠袋で磨く等を教わりました。 当時級友の義兄商業科の市川 一氏(白堊会副会長・顧問)のお話しによりますと、校舎竣工時は地元商店街、地元の方々を含め大変な騒ぎだったそうです。
 当時の先生方も算盤の秋山先生、数学の毛利先生、音楽の井上先生、東洋史の大和先生、機械化の樋口先生等々優れた先生方が沢山いらっしゃいました。 戦後、戦災により一時期板橋区役所が校内に移転し、多くの方々の出入り校舎も痛むなどの混乱もありました。
 その後、生徒が発行する新聞「都北旬報」の発行、校誌「都北」の発行こうした活動のすべてにプロンプターの役割をし、新聞の場合はガリ版で頑張ってくれたのが、機械科の小山さん、そして、「都市文芸賞」の少年作家機械科の井上さん等々沢山の先輩がおりました。 あの頃はなぜあのような演劇熱に浮かされていたのか、今思ってみてもなにか不思議な気がいたします。
 真舟豊さんの「冬鴨」、菊池寛さんの「屋上の狂人」等々を上演し、第二本科(定時制)にも飛び火し全校あげての演劇大フィーバーとなりました。 講堂で上演し、地元の方々も多数おいでになりました。抑制されていたエネルギーが一挙に吹き出し、爆発的な流行を導いたものとおもわれます。 大和先生、根本先生もやはり演劇熱にとりつかれ、演出を自ら担当されました。
 スポーツでも野球、陸上、テニス、卓球等で大活躍し都では上位に入るほどでした。このよき時代を夢みて思いつくままに書きました。 90周年おめでとうございます。
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