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2010年11月施行/創立九十周年記念誌より

45年前の思い出 白堊会副会長 永田 昇(昭和41年機械科卒業)


 本校が創立90周年を迎えましたことまことにおめでとうございます。
 大正9年(1920年)から平成22年(2010年)の間には日本のとりまく環境は大きく変化を遂げ、その時代に合わせるようにして本校卒業生は時代の流れの中に泳ぎだしたことと思います。
 私たちは戦後間もなく生まれた「団塊の世代」(昭和22年〜昭和24年)で特に多かった昭和22年で約270万人の同期生として飛び出していきました。
 小学校、中学校と校舎が足りず「すし詰め教室」、「二部授業」(午前組/午後組)で鍛えられ、高校では新設高校が増設されましたが「高校浪人」が出現、社会問題になったほどでした。本校受験も倍率も相当高かったと思いますが、定員数は従来と変わらず入学後は校訓「自治」の教育方針でかなり自由に学べましたこと感謝申し上げます。
  3年間の思いでは「オリンピア号」製作で、旋盤の部品一つ一つを担当し1台に組み立てたことで、先生方の指導の下1枚の図面を基に部品を作り上げてきました。私たち機械科1組の藤野委員長は当時のことを次のように話していました。「私は親ネジ担当で、最後に研削盤で外周を研磨するのですが、研削盤の砥石を親ネジにぶつけてしまい、砥石にヒビが入ったまま機械のスイッチを入れたために砥石が割れ、天井まで、すっ飛びました。当時は‘しまった’くらいで済ませましたが、今思うと大変な事故だったような気がします。我々生徒も頑張りましたが、当時を思い起こしますと学校全体に熱意があって、オリンピア号が完成したとおもいます。」 次の思いでは、白堊祭での「ゴーカート製作」です。当時学校の裏手の‘ボンコツ屋’で500円を出し50ccオートバイのエンジンを購入し、おまけとして店の横に積み上げてあった「鉄パイプの脚立」をいただき、ゴーカートのフレームに改造しました。作業は放課後行っていましたが、当時は公認されていませんので、担任の星先生の目を見ながら隠れて作り上げ白堊祭に見事展示することができました。公道では走ることは出来ませんでしたので校庭で乗り回したこと楽しく思い出します。今年の白堊祭では、ぜひ「目標を持って」創作の喜びを味わってください。
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