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80周年記念事業 2000年9月施行/創立八十周年記念誌より

創立80周年を迎えて 学校長 湯浅 輝明


都立北豊島工業高等学校が、大正九年に東京府北豊島郡立商工学校として創立されてから、今年で八十周年を迎えました。創立後、郡制度の廃止により東京府立滝野川商工学校となり、さらに、東京府立商工学校、府立北豊島工業学校を改称しながら、昭和二十三年の学制改革により、東京都立北豊島工業高等学校となって、現在に至っております。

昭和十一年に現在の板橋区富士見町に移転致しましたが、その時新築された校舎は、白壁の三階建てで、周りには人家も少なく、遠く区役所あたりからも「白亜の殿堂」として、武蔵野の空に堂々とそびえていたと言われています

以来、この伝統ある校舎で約一万七千人以上の卒業生が、学業を修め、人格を磨き、それぞれの思い出と共に巣立っていきました。
その先輩諸兄が日本の工業化と産業の発展に寄与し、工業技術立国を築き、産業人、工業人として、今でも各方面で活躍しています。

このような八十年に及ぶ本校の歴史の中で、特筆すべきことは数多くありますが、過去の記念誌等を参考にすれば、次の二点が今も校風として継承されているように思います。

一つは、どの卒業生からも感じられる実学精神であります。昭和十五年に工作機械研究会が設立されました。これは、第二代校長佐藤孝次先生の教育理念によるもので、本校の施設・設備を利用して旋盤などの工作機械を製造し、全国の工場等に納入する財団としての研究機関であります。佐藤先生は、この頃既に、体で技を身につけた職人と呼ばれる技能者と、学問的知識だけに頼る技術者とのギャップを問題視し、技能センスと技術的な知識を共に身につけた技術者の育成を進めていました。従って、実習の授業では、実社会で活用できる製品を製造する「生産実習」を行っていました。この延長上に工作機械研究会があった訳です。この理念は、研究財団がなくなった後も継承され、入学生全員が、三年間で旋盤の部品を自作し、卒業までに旋盤を完成させる実習として引き継がれました。この実学精神こそが、北豊島工高の命であると思います。

二つには、佐藤校長が、教育に対する信念として掲げた校訓「自治」であります。先生は、「人格を磨くことも、運命を切り開くことも、自ら行動し、自己の力によって自らを治めることによって成されるのであり、この 『自治』 こそが時代によって変わることのない教育の基本である。」と述べております。それを具現化するために、実力を身につけること、そのために努力をすること、そして常に反省することを目標としています。この校訓も、本校の教育方針として脈々と引き継がれています。

その外にも本校の歴史や伝統を披露すれば膨大な内容となります。そこで今回は、創立七十周年からの十年間について振り返って見ることに致します。

先ず第一は、平成五年度から実施された総合技術科への学科改編であります。
科学技術の進歩に伴い、産業技術の複合化が急速に進み、二十一世紀の技術者に求められる資質は大きく変容してきました。即ち、科学技術の高度化、国際化、情報化が進行する中で、マルチメディアや高度情報通信技術、製造業のシステム化など技術革新が起きて来ました。そのような新しい産業、多様な技術に対応できるマルチ型のスペシャリストが求められるようになりました。

このような技術者教育に応えるために、従来の、機械科、電気科、電子科を統合し、総合技術科と致しました。その内容は、一・二学年までは、工業の基礎科目を全員が履修し、三学年で七つの類型に分かれて、より専門的な学習を深めるものであります。

中学三年で、一生の職業となるかも知れない進路を決定してしまうと言うリスクを解消すると共に、総合的な技術指導を行う画期的な学科改編が、都立工業高校として初めて実現されました。

この総合技術教育の目標は、工業に関する幅広い分野の基礎学習にあるため、専門的な学習や資格取得のためには、専攻科の設置が必然であり、改善計画の当初から予定されていました。しかし、残念ながら、他の工業高校同様実現できませんでした。

従って、資格取得や専門技術の深化など検討課題は残しながらも、生徒や関係機関の評価を得ながら、所期の目標を達成し、今年で第五回目の卒業生を送り出す実績を残しています。

第二には、この総合技術科と並行して進められた校舎の全面改築であります。昭和十二年に落成した白亜の殿堂の代わりに、極めて近代的で夢のような校舎が造られました。敷地面積約二万一千平方メートルに、体育館、プール、実習工場などを取り込んだ、延べ総床面積一万八千平方メートルに及ぶ従来の学校とは思えない校舎ができました。五つのコンピュータ室を始め、格技室、LL教室などの施設は勿論、実習設備も、CAD装置など様々なコンピュータ、工作機械、FA機器などが完備し、都内でも有数の設備充実校となりました。しかし、惜しむらくは、景気が陰りを見せ始め、都財政の窮乏により、着工直前でエアコンの設置が中止されました。この事は今になっても極めて残念なことでした。

さて、この三月に改訂された学習指導要領にも、創意と工夫を生かした魅力ある特色ある学校づくりが求められていますが、本校では次のような三つの柱によって特色化を実践しています。先ず、地域に根ざし地域に求められない学校は不要となるという原則を肝に銘じ、地域との連携を図ることです。次には専門技術を深化させることで、工業高校でなければできないこと、工業高校を卒業しなければ身に付かないことを、一人一人の適性に応じて確実に定着させることです。さらには、福祉と環境に適応できる豊かな人間性と感性を備えた技術者を育成することです。

このような特色を具現化するために、これまでも様々な活動を実践してきましたが、新学習指導要領に基づいた教育課程を編成し、更に確かな成果の上がる教育活動を進めていく所存であります。

幸いにして、本校には極めて優秀な多くの先輩がおります。その先輩達のご支援を戴きながら、今本校に学ぶ生徒諸君は勿論、これから本校で学ぶ生徒諸君も、この伝統と実績のある北豊島工高を引き継ぎ、日本の工業技術の振興に寄与し貢献できる学校に発展させて欲しいと願うものであります。

これまで本校にご支援ご協力を戴きました地域の皆様に心より厚くお礼申し上げますと共に、今後とも北豊島工業高等学校に変わらぬご指導ご鞭捷を下さいますようお願い申し上げる次第です。
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